子どもが壁にぶつかった時

この先、子育てしていくなかで、どうして出来ないのだろうかと思うことは出てくるのであろう。

今のところ、子どもたち3人に関していえば、そう思ったことはおそらく1度もない。

むしろ、親バカなのか、こんなことがもうできるのかと、驚くことが圧倒的に多い。

もちろん、普段やっていることを、わがまま言ってやらないことはしょっちゅうある。

たとえば、寝る前に、歯ブラシ、口をゆすいで、トイレに行くといったことがだいたい毎日の日課になっているが、気分が優れない時やへそ曲がりでしないといったことである。

ただ、それは能力的にできないといこととは少し違うように思う。

そもそも、他の子どもと比べるような環境に父自身が直面していないということもあるだろう。

あるとしたら、せいぜい、長女と双子をアバウトに比較するくらいであるし、はっきり数値化されたものを比べるわけではないので、実際のところなんとなくで気にするほどのことでもない。

なんで、こんなことを考えたかというと、、、。

本日、バドミントンの大会に出てきたが散々な結果であった。まぁ勝てない。バドミントンは大学からはじめた。大学時代に週1回基礎を教えてもらえる教室に通い、週1~2くらいやる程度はまった。1日中バドミントンチームをはしごする日なんかもあった。社会人になってからも月1~2くらいで続けて、区の3部の大会で優勝するくらいのところまできた。(ダブルスなのでパートナーの力も多いにある。)

ただ、実業団のチームで出ると明確に自分の出来なさが露呈する。13部あるなかの中間くらいのレベルとなるが、チームの中でも足を引っ張る形となり、勝ち星や点数など露骨に結果に表れてくる。

決して一生懸命やっていないわけではない。周りに能力が追いついていかず出来ないのである。

高校卒業までやっていた野球では、全国大会に出たこともあったり、ある程度上位の成績を残せるチームで下級生からレギュラーポジションをとっていた。キャプテンをやる機会などもあった。

そんなこともあり、野球では、練習や試合でミスする選手に対して、どうしてできないんだ、集中してないからだなどと、あたりまえに声を張り上げていた。キャプテンは、会社の管理職に近いなのかもしれない。

チームが出来ないことも自らの責任となる。そんな中で毎日声をからしていたのを覚えている。

監督やOBと選手間の板挟み状態の中、自分のことしか考えていなかったのだ。

今思うと、一生懸命やっているし、人一倍集中もしている、次こそはと思ってやっていて、出来ていないのである。(そうではないケースももちろんあると思うが)

その事が分からなかったのである。今は自分がその立場になってみて、痛感する。

出来る人と出来ない人の差の原因はたくさんあると思う。

  • 私の場合は、青春をどっぷり野球に費やしてきた。同じようにその時間をバドミントンに費やしてきた人と比べると圧倒的に練習時間に差がある。基礎を身体に覚え込ませる時間も不足している。

その他にも、運動神経の差やプレーの場面場面でどういう選択をするかのセオリーや経験諸々。

このような要素の積み重ねである。

たいていの場合は、人より努力が足りない、頑張っていないの一言で片付けられる。

厳しいことをいうとその通りである。

今後、育児をしていくなかで、子どもがこのような状況に直面したときに、どうして出来ないんだ、集中してないからだと声を張り上げる。そんな野球部時代のようなことにはならないように気をつけなければならない。

私なんかとは違い、これまで、成績優秀、運動神経抜群で、仕事もバリバリ出来て順風満帆に生きてきいる人は世の中に多くいるだろう。

ただ、子どももそうかは分からない。

そういった人は、能力ある上に、無意識に努力もしていて、出来ない理由すら分からない可能性もある。

名プレイヤー、名監督にあらずともよく言われる。

出来ないことの大半は努力が足りないからということは大方あっている。さらには、努力したとしても成功出来ないことも多くある。

どうしたら良いのか、何が足りないのかを一緒に考えていくしかない。

努力が足りないと言い放つのは簡単である。

ただ、何が足りないかを見つけるのは非常に難しい。

自分に何が足りないかを見つけることすら難しいのに、他人、ましては、子どものそれを一緒になって見つけて考えるとなると生半可なものではない。

そんなときが近い将来やってくるだろう。

子どもが悩んでいるとき、成果がでない時、親としてどういう対応がとれるか。

練習は嘘をつかないとよく言われるが、メジャーリーガーのダルビッシュ選手はこのようにツイートしていた。

「練習は嘘をつかないって言葉があるけど、頭を使って練習しないと普通に嘘つくよ」と。

がむしゃらに頑張れや努力しろなんてアドバイスにならない。

話をよく聞いて、最適な選択や行動を一緒に頭を使って考える。

そのためにも子どもたちの変化に敏感に反応できるような関係を日々築いていきたい。